2012年4月12日 (木)

ミドリ物質

01

こちら南関東界隈では花見のシーズンも去りつつあり、昨日は花散らしの雨が降った。
辺りを見まわすと、桜の花びらがひらひらと舞い、ぬかるんだ道ばたにそっと身を浸す。

毎年お決まりの光景だけれど、年々この季節が来るのが待ち遠しいのと同時に、
たった数週間しか訪れない奇跡のような日々が過ぎ去ってしまうのを厭う気持ちのためか、
少しばかり憂鬱な気分に襲われたりもするのである。

02

桜が散り終えてから五月中旬ころまでの、ほんのひと月。
冬の殺風景な季節をなんとかかんとかやり過ごし、ここぞとばかりに集まる鳥たちに冬の糧など与えつつ、
不要な枝を切り詰め、落ち葉や食べかすなんぞから拵えた堆肥を土に鋤き込み、
出てくるのかこないのかとんと要領の得ない鉢々に凍
てつく早朝から水など注ぎ、

・・・等々の無償の労働をほぼ毎日のように自分に仕向けさせるのは、
ただただこの季節だけのためなのだ。

05

あたりに立ち込めるこのあからさまに卑猥かつ濃厚な春の匂い。
いや、「春」などというひどく汚れきった抽象用語などこのさいどうでもいい。
深く地面の奥や死んだ棒切れにしか見えなかった枝々から、
俄かに緑色した不定形の成分たちがわさわさと押し寄せ、
次々とそれぞれのフォルムに収斂されてゆく眩暈を起こしそうなそのスピードと、
決してたがわぬその正確さ。

07

こちらはただおろおろと狼狽えつつ、
じっと眼を見開いてまんじりともせず挙句その場に座りこむ以外にすべはないようなのだ。

寒いあいだ元気のないように見えたうなだれた葉がふと気づくとわんさと繁りつつ光を求めていたり、
昨日何もなかったように思えた場所から今日見るとにょきりと蕾が首をもたげていたり、
ぽっかりと空いていたはずの黒い地面からずっと前からここにいましたよとばかりに幼い葉がちょこんと陣取っていたり。

10

この、いつだってわれわれの意表を突くのに長じた「ミドリ物質」たち。
日に日にその凶暴性を顕にしつつ、
ある時からは「もともとこんなでしたけど」とでも言わんばかりのふてぶてしさで己の存在を希薄化し、
不遜にも万物の長を自認して恥じぬわれわれの思い上がりを涼やかな風の音に乗せてさやさやと嘲笑うのだ。

11  12

「これら小さな緑たちは、どれも決して植物の一部には思えない。植物の体からあふれ出る寄生虫のように、あるいはどこか外からやって来て木々に取りついた未知の生物のように、緑たちは枯れ枝の隙間から本当に奇跡のように出現するのだ。(中略)
この奇跡はもちろん、ベランダでだけ起きるのではない。公園でも近所の庭先でも、なんならアスファルトの割れ目でも五月は容赦なくその奇跡を起こす。ミドリという名の奇妙な物質は東京中に降り、一気に姿を現してそれぞれの変態を遂げるのだ」
いとうせいこう「ベランダ - 緑は萌える」(『ボタニカル・ライフ』所収)

これは五月、まさに「ミドリ成分」たちの凶暴で奔放な横溢ぶりが最終段階に差しかかるまさにそのときの文章だ。
が、その初期段階が今、この世界で始まりつつあるのだ。

04_2

祝祭。

別だん植物なんかに関心のないだろう人たちにとってもおそらく、
このひと月間ほどその言葉に見合う季節は一年のほかの季節にはないだろう。
いや、ないに違いない、黄金色の収穫の時も含めて。

いわんや、世の植物好きにおいてをや。
晴れたといってはカメラを向け、雨が降ったといっては葉から零れ落ちる水滴をぼんやりと見つめる。
そんな季節がまた始まったのだ。

08

・・・などと似合わぬシリアス・タッチでしたためてみたりして。

ではでは、またまた clover

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 緑の暮らしへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年4月 3日 (火)

ツバキに見惚れる

しばらくさぼっていたブログ、ぼちぼち再開してみます。
桜開花の話題もちらほら、でも今年は例年より遅いですね。

遅いといえば。
例年3月下旬には咲いていたツバキが、ここ数日の暖かさでやっと開花しましたよ。

01_2
この艶かしい色!

02_2
日中、光が当たるほんの一瞬の輝き。

このツバキ、確か数年前に近くの植木市かなんかで購入した。うる覚えだけれど。
買ったときに花がついていたかどうかは忘れたけれど、
春に咲いた花の美しさにしばし見惚れたのを覚えてる。

ヨーロッパに渡って改良された品種のような派手さはなく、一重咲きで地味だけれど、
何ともいえない落ち着いた風情がいいな、と毎年思うんです。

03
実はまだこんなに小さくて、高させいぜい60cmくらい。
でも庭の一角がとても華やいでる。

見て分かるとおり原種に近い園芸品種です。

   ヤブツバキ(Camellia japonica)、ツバキ科。
   日本原産の常緑樹。いわゆる照葉樹林の代表的樹種のひとつ。

ちょっと荒れたような林のヘリとかで自生してるのをごく普通に見かけますね。
毎年虫もあまり飛んでいない冬から春にかけて咲くけれど、どうやって受粉してるかというと・・・。

04  05
3年前くらいの同じツバキの写真。右側のは明らかに黒い点々がありますね。
これは、この花の蜜を吸いにきたときに付けたメジロの爪跡。
つまり、花粉の媒介は主にメジロ、ヒヨドリなどの鳥が行っているんですね。

「陽だまりが期待できない深い森林の中で花を咲かせるヤブツバキにとっては、低温で活動が鈍る昆虫相手では十分な効果が期待できないかもしれない。恒温動物である鳥をターゲットにすると、低温時でも十分な花粉媒介が期待できる。加えて飛翔距離が長いので、遠隔地の個体からも花粉をえることができよう」
植物生態研究室(波田研)のホームページ
より)

・・・なるほど。

今年は幸いなにことに(?)メジロたちはどこかに旅立ってしまわれたので、もうこういう黒点がつくこともないでしょう。
でもヤツらが蜜を吸う場面の写真、撮りたかったなー。
ヒヨドリの場合は花弁ごとむさぼり喰うだけだし・・・。

06
これも3年くらい前に撮った写真で、いちばんのお気に入りだったもの。
開ききらない奥ゆかしさと、くすんだ色合いがなんとも。

07
そしてこれがほんの数日前に撮ったもの。
ベストを更新したかな?

ではでは、またまた clover

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 緑の暮らしへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月 5日 (月)

シジュウカラ、喧しい斥候

「落しもの園芸(旧クソ園芸)」にちょくちょくやってくる鳥の中で、
メジロと同じような大きさだけど体の模様から食べ物の好みからまったく違う鳥にシジュウカラがいる。

シジュウカラ (Parus minor、シジュウカラ科)。
東アジアに分布、主に森林や湿原に生息する留鳥。

3年ほど前、冬に針金のハンガーで作ったピーナッツのリースを木の枝にぶら下げるようになってから、
決まって姿を現すようになった。
メジロと同じく、つがいでやってくるみたい。

01  02
最初のうちはピーナッツの両側をわざわざハサミで穴あけしてたけど、
めんどくさくなってやめてもこのとおり、ちゃんと勝手に穴あけて食べてる。
ちょうどキツツキが木に穴を開けるような感じでさかんにクチバシを打ち付けて穴を開ける。

庭に出てエサのセッティングしてると、いちばん最初にやってくるのがこいつらで、
どこからともなく「ツィピーツィピーツィピー」という声がしたかと思うともうすぐそばの枝に居座っていたりする。
とてもすばしこくて、カメラを向けるとすぐに逃げてしまうので撮るのにひどく苦労する。
その点メジロはもうちょっと悠長かも。

03  04
この白地に黒いネクタイ柄がシジュウカラの特徴。

庭に人(つまり自分)がいると、ちょっと遠巻きにして「ジュグジュグジュグ」と警戒音を発する。
この音が意外なほど大きくて耳障り。
自分が作った庭なのに他人に邪魔にされるなんて思いもよらなかった。
「今!お前のために!ピーナッツ!セッティングしとるんやないかい!」
・・・と怒鳴りつけたくなるほどの警戒ぶり。
警戒というか、「そこジャマなんすけど」ってことだと思う。

でもそうして人間(というか自分)が家の中に引っ込んだころあいを見はからって、すかさずエサにありつく。
それから決まって数分後に他の鳥たちもやってくる、というのがお決まりのパターン。
だから他の鳥たちにとっては、シジュウカラがそこにいれば比較的安心していい場所、ということなのかもしれない。
まさに、喧しい斥候とでもいおうか。

先ほどメジロとはまったく食べ物の好みが違う、と書いたけれど、
メジロやヒヨドリが花の蜜や果物の果肉など甘いものが大好きなのに対して、
このシジュウカラは木の実や昆虫などを好む。
最近ではスーパーでもらってくる牛脂を枝に刺しておくと、喜んでつついている(成人病には気をつけてネ)。
ただし、他に何もないときは仕方なくメジロのエサをくすねているのを見たこともあって、雑食ぶりを証明する。

あと、ミールワーム(ゴミムシダマシの幼虫)なんかを出しておくと、ピーナッツほどではないけれど食べる。
余談だけれど、ミールワームは「加熱して人間が食べることもでき、ピーナッツのような味がする」とWikipediaにある。

だからピーナッツを食する鳥はどちらも好きなのかな???
どなたか、ほんとにピーナッツの味がするのかどうか試してください。

05_2  06_2
メジロとヒヨのためのエサを巧みにすり抜けつつ落花生をついばむ決定的瞬間。

悪口めいたことも書いたけれど、もし庭にこいつが来なくなってしまったら、
ひどく寂しい思いがするだろうな。

07
雨の日にどや顔でピーナッツ・リースに陣取る。

ではでは、またまた clover

にほんブログ村 環境ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年2月17日 (金)

メジロ、クソ園芸界のアイドル

なんだかんだで日にちが開いてしまった、反省。
で、落しモノ園芸の進捗状況ですが。

01

単に地ベタに置いただけの仕様から、下にコンクリートブロックをかませてみました。
で、上の写真を見てもらえば分かるとおり、
枝を挿して果物などのエサをそこに刺せるようにしてみました。
まあ単純なニャンコ対策ということで。

ただ後日コンクリブロックの隙間がネコの格好の昼寝場所になっていることが判明(ガ~ン)。
急遽、コンクリブロックをもう2つ用意して隙間を埋めることに。

等々苦労しながら毎日せっせとエサやりし続けた結果、
設置して一週間ほど経ったころからちょろちょろとお客さんが現れはじめました。
その中から選りすぐりをこれから何回かにわたって紹介します(といってもまだ種類はかなり限られてますが)。

今回は、ウチにやってくるトリたちの中でもっともフォトジェニックちゃん、メジロ。

02  03
ちょっと分かりづらいですが、設置した水浴び場を利用してくれてるみたい。
う、うれしい。

メジロ(Zosterops japonicus)、メジロ科
花の蜜や果汁など、とにかく甘いものが大好き。
ツバキやウメ、ソメイヨシノなど蜜の出る花によくやってくる。

04  05
こんなふうにナツミカンやリンゴなどを刺しといたり、
コップに100%ジュースなんか入れて外に出しとくとすぐにやってくる。

06  07
必ずつがいでいっしょに行動。

08_2  09
メジロは昔から良い声で鳴くことで知られてますね。
ヒュンヒュン、と情けないその声、僕も大好き。
いつも思うんだけど、小っちゃな子供がはく音の出るサンダルみたい。

ただ、その美声がアダとなっていまだに密猟が後を絶たないらしい。
飼うなよ、て思いますが。

10  11
ただ、クソ園芸的にはどうなんでしょう。
果実そのものを飲み込むことってないような気が・・・。
まあでもいいんです。アイドルですから、来てくれるだけで庭が華やぐってモンです。

12  13
「何か?」

14
この毛並みの何ともいえない美しさ、フォトジェニックでしょ。

ではでは、またまた clover

にほんブログ村 環境ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年2月 2日 (木)

ピラカンサの実を食べてみた

先日、赤信号で停車中の数十秒間で、9粒のピラカンサの実を呑みこむヒヨドリを見ました。
ピラカンサは鳥があまり好まないって書いてあるのを読んだことがあったので意外でした。
それに、毒あるんじゃなかったっけ?

01

ものの本によると「ピラカンサ」と一般的に呼ばれている木は日本には3種類あり、すべて外来種。
もっとも一般的なのはトキワサンザシ(Pyracantha coccinea)。真っ赤な実。
上の写真はまさに僕がヒヨドリが食べているのを目撃したピラカンサ。
橙色しているので多分中国原産のタチバナモドキ(P. angustifolia)。
これら以外にカザンデマリ(P. crenulata)ってのがあるらしい。


でもまあどんな木だって、繁殖のために実をつけるんだろうし、鳥が実を食べるのは当たり前といえば当たり前か。

しかしちょっと調べてみると、

これは毒草です。青酸系の毒を含み食べると激しい嘔吐と呼吸困難をおこします

などと出てる場合もあり。おーこわ。

・・・じゃあなんでヒヨドリは食べてるの? 腹ん中に解毒酵素でも持ってるのか??
いや、毒があるなんてのはズル賢い大人たちの大ウソで、
僕ら子供たちからおいしいおやつを食べられないようにするための策略なのではなかろうか。
もしかして、美味いのか?

よーでもない好奇心がふつふつと湧き上がってくるのを抑え切れません。
ヒヨがあれほどおいしそうに食べてるんだから、人間が食べたって不味かろうはずはない。
ましてや毒なんてあろうはずもない・・・。
いやまてよ、イチイの実なんて果肉部分はおいしいがタネは毒があるから吐き出せ、なんて聞いたことあるぞ。
悶々・・・。

・・・で、ちゃんと調べてみた。
ピラカンサの実を食べた、という報告は広大なインターネット上にもあんまり転がってないようです。
その中からいくつかをアットランダムに。

  • 試しに食べてみると、味はリンゴのようで悪くはないが、種子と皮と萼片ばかりが口に残る
  • まずくない。苦くも渋くもない。食べ頃を過ぎたリンゴのようなスカスカな感じだが、ほのかに甘い
  • よく熟したものを選び、噛んでみましたところ、ほのかな甘さが口に穏やかに拡がりました。それと共に少し渋味も感じました
  • 家内は、ピラカンサの実を食べた。「かすかに甘酸っぱい」「まんざらでもない」「カキをあっさりした感触である」「ただし食べるところはあまりない。種が大きいので」ということであった

・・・等々。なんだ、やっぱり食えるのか。ただし、そんなに美味いもんでもなさそう。

中にはこんな感想も。

赤い実をかじって見ました。これはまずい。渋くてとても食べられませんでした

・・・なんだ、不味いの? 人によって感じ方が違うのか?

そしてこれがピラカンサの味に関する一番強烈な記事。

柿に通ずる甘さと渋さが同時に来た。苦味はない。と、その後で、何とも嫌な味が来た。僕は思わずツバを吐き出した。1分ぐらい経っただろうか。舌の実に触れた部分に刺激を感じてきたのだ。それがだんだんと強くなっていった。それと同時に口の中のマズさが、ますますひどくなっていった。さらに追い討ちをかけるように、ムカツキまでが襲ってきたのだ。マズイ味を忘れるのに丸1日、刺激を忘れるのに3日もかかってしまった
(『楽勝!? パパのお手軽ガーデニング♪』より 2006年12月2日) 

・・・マジか(タラッ。 拙速に口に入れなくってよかった。
かつて若かりしころ、野生の「クワズイモ」をそうと知らずにぺろりと舐めただけで
丸二日くらい何も食えないほどもんどりうった経験を思い出しました。
植物、侮りがたし。

「美味くもないが別段食えないというほどでもない」
「いや、渋くってとても食えたもんじゃない」
「いやいや、不味いなんてもんじゃない、ありゃ間違いなく毒あるぞ」
・・・色んな情報が集まってまいりました。

ほんとのところ、どうなんでしょうか。
本やネット上でピラカンサ(あるいは日本名の「トキワサンザシ」)で実の毒性を調べてみたものの、
はっきりしたことは分かりません。
ある人は「食えなくはないが美味くはない」、また別のサイトは「毒があるので食わないにこしたことはない」。

仕方ないので、この際食ってみることにした。
最悪でも2~3日嫌な思いをするくらいで済むんなら、なんでもないだろう、きっと。うん。

02

もぐもぐ。・・・ん? パサパサでスカスカなカキ(柿)か?
いや、こっちのはリンゴの味。
不味くないじゃん、ぜんぜん。しぶくもない。

上に引用した人の中でいちばん近いのは「食べごろを過ぎたリンゴ」。
たらふく食べたいってほど美味しくはないけど、吐き出すほど不味くもない。

03

実の中身。スカスカさかげんが分かりますか?

じゃあ、渋くて毒があるって情報はどこから来たんだろう?
ちょっと、ピラカンサの実の毒性についてちゃんと解説してくれてる専門的なページはないもんか?

これが、意外に少ない。
仕方ないので専門的でないページでいくつか拾えたのを羅列すると。

赤い実のうちでいちばん後まで残っているのは何か? ピラカンサですね。要するに、ピラカンサはいちばん不味いのです。だからいちばん後まで残っているのです。どんなに不味いかと訊かれても私も食べたことがないから判りませんが、きっとよっぽど不味いのでしょうね。我々の食材の中にも、毒ではなく栄養もあるけれど不味くて厭だというものがあるでしょう。現に、冬になって小鳥の食料が底を突くようになると、ピラカンサはいつの間にか姿を消してしまいます。だからちゃんと食べられるのは確かなので、小鳥にも生意気なことに味覚が備わっているのですね。私が食糧難の時代に米が底を突くと、ため息をつきながら芋を食べていたようなものでしょうか
(『横丁のご隠居をめざす作家 宮原昭夫 公式サイト』より

・・・不味いけど他に食い物がないんでしかたなく食う説。

次に、やっぱり毒あるよ説。

鳥は、食べ物がなくなって、この実を食べるとしても、少しずつ少しずつだ。いっぺんに食べると青酸配糖体を含んでいるため中毒してしまうからだ。ピラカンサ側からすると、少しずつ鳥に食べてもらうことで、種子をあちこちに分散して運んでもらいたいわけだ(逆に、美味しい実は、一斉に赤くならずに、時間差をもって熟していくようだ)
時間が経つにつれて、毒性が薄くなる! 2月下旬ともなると毒はあらかた消えてしまうのだ。それを鳥たちは知っていて、ようやく今頃から食べ始めたということなのだ
(『大文字山を食べる』より 2010年2月23日

未熟な実には、毒が含まれてるので、鳥が食べることはないようです。梅の未熟果と同じような毒性だとか。未熟なうちに食べられてしまっては、子孫を残せません。ピラカンサの知恵なのです。完熟した実は無毒になるので、地元の鳥は無毒になるまで待っているのです。但し、園芸種のピラカンサは、自然界と違って果実が赤くなってもなかなか毒性が抜けない種もあるそうです
(『庭に咲く花・・・季節が感じられれば良し』より

・・・むむっ。よく読むと、この中にも2つの立場があるようです。

① ピラカンサの実は毒があり不味いので、鳥はちょっとずつしか食べない。その結果、タネが少しずつ広範囲にばら撒かれることになり、繁殖に有利。
② ピラカンサの実は未熟なうちは毒があるために鳥が食わない。完熟した実が無毒になる2月ころ、鳥たちも食べはじめ、繁殖に貢献する。

そういえば、上に引用した中でいちばん強烈だった『楽勝!? パパのお手軽ガーデニング♪』の記事の日付は12月2日。
僕が食べてみたちょうど二ヶ月前です。
おそらく、そのころはまだ実が熟していなかったのでしょう。
来年のその時期、もし覚えていたら試しに食べてみようか。
もしかしたら丸一日もんどりうつことになるかもしれませんね。

こんなふうに記事を打ち込んでいるうちに、なんとなく頭がぼうっとしてきました。
毒がまわってきたのかな(嘘

ではでは、またまた clover

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年1月23日 (月)

福島の未来、チェルノブイリの逆説

福島第一原発の事故が報じられてからはや10ヶ月以上。
依然、放射性物質の脅威のニュースは連日後をたちません。
というより、低線量被曝問題も含めてむしろ本当の怖さはこれからやってくる、
というのが一般的な見方なのかもしれません。

そんな中僕が気になるのは、原発周辺の自然環境が、今後どのように変化していくのか、ということ。
今現在、事故処理に当たっている人たち以外、基本的に立ち入り禁止区域となっていますが、
おそらく今後数十年、場所によっては半永久的に人の立ち入りが拒絶される場所となってしまったわけです。

強力な放射能を浴び続けることによって、福島の土は、山は、川はどうなっていくのか。
鳥は、動物は、そこから逃げられない小さな生き物たちは、どうなっていくのか。
今このときにも彼らは何も知らずに、
上空から静かに降り注ぐ放射性物質によって確実に汚染されつつあります。

実際に事故原発周辺がどうなっていくのか、正確なところはたぶん誰にもわからない。
けれども、私たちはチェルノブイリという前例を持っているわけで、
そこでの25年間の自然の推移は、数は少ないもののいちおういくつかの報告はあるようで、参考にしてみたい。

というわけで今回、アメリカ系ウクライナ人女性ジャーナリストが著した
『チェルノブイリの森 - 事故後20年の自然誌』という、
主にチェルノブイリ周辺の自然環境の変異を綴っている書物をひもといてみることにしました。


01_2 

チェルノブイリの森 - 事故後20年の自然誌』(メアリー・マイシオ)


1986年、チェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が発生し、世界中に放射能がばらまかれ、当時のソ連地図に汚染の大きな印がつけられた。それ以来、「チェルノブイリ」という言葉は放射能に汚染された不気味な荒野を彷彿とさせるようになった。
ところが事故の十年後の1996年に初めてチェルノブイリ地区を訪れると、驚いたことに、いちばん目につく色は緑色だった。通説や想像とは裏腹に、チェルノブイリの土地は独特の新しい生態系に生まれ変わっていたのだ。悲壮な予言(「ヨハネの黙示録」)などものともせず、ヨーロッパ最大の自然の聖域として息を吹き返し、野生の生物で満ちていた。動物は、思いもかけず魅力的な棲みかとなった森や草原や沼と同様に、放射性物質ですっかり汚染されているが、繁栄してもいるのだ

つまり大雑把に言えば、放射能汚染後の土地は、人間の手が介入できないことによる荒廃ではなく、
逆説的に豊かな自然の凶暴なまでの横溢ぶりを示している、という。

湖は、いついかなるときでも確実に命を奪うほど汚染されているわけではない。水中で暮らす植物や動物はぴんぴんして生きているし、人間のじゃまが入らないぶんだけ、事故が発生していなかった場合よりも数が多いかもしれない

福島はおそらく、今後数十年を経て、このチェルノブイリの森と同じような道をたどるのではないか。
いやむしろ、気候が温暖湿潤な分、自然の回復の度合いは早まるかもしれない。
「放射能に汚染されてはいるが、人が介入することのない豊かな森」。

02



個別の例を見てみる。

事故から十年の間に、落葉落枝から腐植土までの分解層に棲みつく生物種の数が半分以下に減ってしまった。それは恐らく、森の汚染がきわめて高かったからだろう。ダニやヤスデなど森の土壌に棲む虫の生息数はゾーン(避難区域)外より少なかった。ところが十年目から二十年目の間に回復してきている。恐らく、放射線量が減少したからか、あるいは虫が抵抗力をつけたからだろう

放射能の影響は生命力を弱めるという説もあるが、それに抵抗するように、有性生殖も無性生殖も可能な水生のミミズが、チェルノブイリでは、ゾーン外のミミズよりも交尾する率が高くなった

日ごろのニュース等で報道されているのを目にするとおり、
放射性物質は、自然のより豊かな部分に蓄積されていく傾向がありますね。
都会では植え込みの下草や落ち葉、土壌などが、
コンクリートなどの人工物よりも線量が高いと一般的に言われてます。
逆に言えば、自然は放射性物質だろうがなんだろうが、それらすべてを受け止め、
外部へなるたけ漏出させないという側面を持っているようなのです。
したがって原発周辺の自然環境の腐植土の下で生きている
小さな生き物たちへの影響は絶大だと思って間違いはないでしょう。
「虫が抵抗力をつけた」のかどうかはさだかではないけれど、
そのような場所でも生きているということ、それそのものが感動的です。

もう少し大きく、森の生態系について書いてある部分を引用してみます。

チェルノブイリ事故後にネズミの個体数が爆発的に増加した。1987年と翌年には、ネズミの数は1haにつき2~30匹から、何と2,500匹にまで膨れ上がり、強制避難地域を覆いつくしてしまうほどの数で安定したように見えた。ネズミ問題は深刻になり、ゾーンの役人の中には毒殺しようと言う者まで出てくる。ところが生物学者は個体数はすぐ自然に安定すると予測し、その通りになった。
まず、ネズミの個体数が爆発的に増加すると捕食動物が集まってきた。キツネやイタチ、とりわけ猛禽類だ。それでもネズミは多すぎて、野原には十分な餌が足りなくなった。しかしネズミの行動範囲は狭く、遠くまで出かけることができない。それで、1988年の秋には大半が餓死する。すると今度は、これ幸いと大量の死骸にむらがる腐食動物の数が一時的に急増する。ところが、ネズミの死骸が野原から一掃されると、自然界の掃除屋も姿を消した。人間の介入がなくなると、ゾーンの自然がその均衡を取り戻せることを示した最初の例だ

人間の介入がなくなったということにより、一時的に自然界のバランスが崩れたものの、
ほんの数年間で自然の冷厳な掟によって安定していった、というわけですね。

もう少し大きな生物、例えば鳥についての記述。

ポレーシェはヨーロッパでクロライチョウが昔から棲んでいた営巣地の南限にある。営巣地はかつてはヨーロッパのあちこちにあったが、今ではおもにロシア北部とスカンジナビアに限られている。ところが人間が住まなくなったチェルノブイリの土地は、この鳥が集まる環境を生み出してきた

ベラルーシでは、ダイサギは時たま見かける迷子のほかはいなかった。ところが、今ではゾーンはダイサギの主要な営巣地になっている。あたりのどんな様子からでもうかがえるのは、放射能が、人間を追い払ったことで鳥に寄与しているということだ。セシウムやストロンチウムやプルトニウムが一羽一羽のサギにどんな影響を与えようとも、放射能はサギ全体にとって人間の活動ほど悪いものではないらしい

ウなどの水鳥は1988年から姿を見せ始めた。12年後には、何千羽にもなり、木に大きなコロニーを作り、糞が積もって木が枯れてしまうほどだった

ずんぐりした体つきでカアカアと鳴くゴイサギの繁殖が1999年に初めて確認される。青と白のシロガラは、ヨーロッパのほとんどどこでも珍しい鳥だが、巣作りを開始し、世界でも珍鳥に属するハシボソヨシキリもやって来た

絶滅危惧種のオジロワシも現れ、ゾーンで越冬したものまでいて、50羽もいる。この鳥はチェルノブイリ事故の前には一羽もいなかったのだ

ヨーロッパのたいていの地方では干拓されて姿を消したピートの湿地に、コミミズクが巣を作っている

チョウゲンボウがプリピャチのバルコニーでほったらかしになっている花壇に巣をかける

絶滅危惧種のワシミミズクのヒナが石棺のそばで見つかることがある

事故の前にはナベコウはゾーンには一羽もいなかった。強制避難が行われたあとに現れ、ウクライナ側での生息数は2000年におよそ40羽にまで増えた。

250から280種の鳥(そのうち40種は希少種、あるいは絶滅危惧種)が強制避難以来、ゾーンで見かけるようになったのだ

・・・以上を読んだだけでも、いかに自然の回復力がすさまじいか、ということがよく分かりますね。
ただし当然のことながら自然が豊かになることによって
放射能による汚染が軽減されるというわけではいささかもありません。

例えばこんな記述も。

汚染の激しい『赤い森』に巣をかけるシジュウカラの卵殻には、放射性ストロンチウムが4万Bq/gも含まれている

・・・つまり、kgに換算すると実に4千万ベクレルのストロンチウムがこの小さな鳥の卵に含まれていた、という事実。

また、放射能が鳥に与える影響についてこんな記事も。
鳥に現れた異常、チェルノブイリと動物」(ナショナル・ジオグラフィックより)


最後に、大型の獣について。

あのヘラジカが立っていたのはベラルーシ側だったが、国境の両側に広がる無人地帯は、野生の動物にとって魅力的な棲みかになっていたのだ。キノコ狩りを禁じる規則は、狩猟動物を狩ることも禁じているからだ

人間はモウコノウマを絶滅の瀬戸際に追いつめ、それから野生で生きる新しい未来を与えた。何という皮肉だろう。野生で馬たちが生きることのできる場所、恐ろしい人間から解放される数少ない場所のひとつが、放射能に汚染された土地なのだ

ちなみにこちらも『ナショジオ』の記事。
哺乳類への影響、チェルノブイリと動物


03
チェルノブイリ原発4号炉、いわゆる「石棺」。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

SF作家ブルース・スターリングは、戦争や汚染などの災難のせいで自然が帰り未開の状態に戻った土地を「意図せぬ自然公園」と名づけた。意図せぬ自然公園は、手つかずの自然ではなく、「報復する自然」 - 政治や科学技術で崩壊した地域に再び自分たちの存在を主張する自然 - である。
チェルノブイリ事故は、絶滅の瀬戸際に追いつめられていた種が今では野生で繁栄しているという驚くべき例をいくつも生み出している

もちろん、故郷に帰るということを願ってやまない地元の方々の思いは
最大限に尊重せねばならないのは言うまでもないですが、
強度に放射能に汚染されながらも、恐らく自然はごく早急にその本来の姿を、
決してその場に入ることのできないわれわれ人間に誇示する日がやってくるのかもしれません。

今回はちょっとおカタい読書感想文になってしまいました。
本当ならば事故後も避難区域(ゾーン)にとどまりながら生活している人びと
(「サマショール」と呼ばれる)についても語りたいのですが、紙数が尽きました。

ではでは、またまた clover

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年1月12日 (木)

「落しもの園芸(旧クソ園芸)」完成!

前回の記事の続き・・・

・・・の前に、例の「クソ園芸」なる呼称問題についてですが、
あるお方から「落しもの園芸」はいかがでしょうか、との建言がありましたので、
素直でとおっている僕はあっさりそれに従うことにしました。
ただし、インパクト重視という当初のポリシーを捨てるのもなんなので、
うしろに旧名をつけるという折衷案ということで。
つまり、

   「落しもの園芸(旧クソ園芸)」!!

これで決まり。なかなかいいんじゃないでしょうか。
痛いところと痒いところ、両方を同時にケアする名案ですなあ。

さてさて。
その「落しもの園芸(旧クソ園芸)」を実現させるべく、
まずはかぐわしい
落しものたちを受け止めるやわらかな大地、
植物たちの揺りかごをこしらえなければ、ということで。

プランター作りです。

01
2x8材を仕入れます。塗装がめんどうなので、あらかじめ防腐剤塗装済みのものを購入。
意外に高いなあ・・・(泣)。

02  03
ギコギコ、トンテンカン、ギュルル。

04  05
大枠は出来上がり。
完全に日曜大工のおじさん状態。

06
ときおり、いやけっこう頻繁に寸法のズレが生じます。
いいんです、最終的につじつまが合えば。

07  08
はい完成(はやっ)。
底はいちばん腐りやすいはずなので、取替えられるように板をはめ込んだだけの作りに。

09
で、水は透すけど土は出ていかない「透水シート」を敷きます。
余っているもの処分市。

10
余ってるもの、まだあります。
完全無機質土壌、めんどくさがりにはうってつけの保水力、「ネニプラス」。
こんな土で育つの? と思われるムキもあるでしょうが、実は去年実証済み。だいじょぶ。

11
化粧として普通の土を敷き・・・

12
水飲み・水浴び用の水鉢、鳥のエサ置いて、さあ完成!
さあいらっしゃい小鳥さんたち。

・・・ところが、なかなかお客さんはやってきません。

『小さなビオトープ・ガーデン』のご著者の泉さんによれば、

お客さんは、忘れた頃にやってくる。
果実食の連中を呼びよせる前に、
スズメとかが来るようにすると警戒を解いてくれるのが早まるかも

果実食の連中を呼ぶには、エサ台に林檎の皮や芯、
イチゴのヘタ、白菜なんかの野菜クズとかを置くのでも良いです。
古くなったら取り替えてね


とのありがたいお言葉をわざわざこの「落しもの園芸(旧クソ園芸)」用に賜わりました。

すると。
設置して10日ほどたったある日、メジロとシジュウカラがつがいでやってきました。
どちらも水浴びまでしていったのにいたく感動。
利用してくれたのね!

ただ、意外にもスズメがなかなかやってこない。
やっぱり警戒してるのかなあ。
地面にベタに置いただけなので、ネコを警戒してるのかもなあ・・・。

もうちょっといろいろと改良の余地がありそうなので(エサを空中にぶら下げられるようにしたい、など)、
冬の間、様子を見る毎日が続きそうです。

ではでは、またまた clover

にほんブログ村 環境ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 6日 (金)

新年からクソの話をしよう

新年明けましておめでとうございます。
本年も当ブログをひとつよろしくお願いいたします。

・・・などと差し障りのない年初の挨拶などしつつ。

毎日寒いですね。
こちら南関東ではおかげさまで今のところ雪の降る気配はありませんが、
朝起きる時間はまだお外はまっ暗。
庭を見回しても生きものの気配がほとんどなく、さびしい限り。

「冬には冬の美しさが」などとおっしゃる向きもありましょうが、
正直そんな「出来た」人間でない僕は、毎日がつまらないつまらない。

かろうじて早朝、小鳥たちが数羽やってくるのが楽しみなくらいでしょうか。
ということで今年もまた小鳥用のエサ台でも作ろうか。
でもなんとなく去年と同じではつまらん。

・・・で、いろいろ考えた末に思い立ちました、その名もズバリ、

  「クソ園芸(仮称)」!!

単に小鳥のエサを庭に設置するのではなく、大っきなプランターの上にエサを撒き、
いらっしゃった小鳥さんたちが置いていくことになるであろう「お土産」から発芽した植物を
積極的に育ててみようという種子、いや趣旨。
一石二鳥三糞とでもいいましょうか(いいませんね、はい)。
もちろんクソなんてタダですからね。
どんな植物が出てくるか、ひじょーに楽しみです。

ちなみに「クソ園芸」なる名称についてですが、
「クソによる園芸」という意味と「ほとんどクソみたいな園芸」というどちらかといえば自虐的な命名。
実はとあるSNS上で、約2名様よりあまりにもあんまりな名前、とのご指摘を頂戴しました。
しかしながら、こういうのはすべからく「いかにキャッチーな名前でハートをわしづかみするか」が命だと思い、
今のところそのまま使っています。
ただし、より趣旨に添っていながら覚えやすくてなおかつキャッチーでハッピーな名称があれば、
そちらを採用するくらいのフレキシビリティを持つのにいささかもやぶさかではありませんので、
さしあたり「(仮称)」を付けておくことにします。

で、夢の実現のため、まずは大きなプランターを用意。
・・・と思ったんですが、市販のプラスチックのプランターはどれも意外なほどに小っさい。
しかたなく、例によって自作することにします。

というわけで、プランターの自作については、次回。

ではでは、またまた clover

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本日の一枚

R0019616_2

ベランダの鉢植えのイヌザンショウが、
「今年もどうぞよろしくお願いいたします。」

と言ってます。

にほんブログ村 環境ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月28日 (水)

西風の女神舞う林を (3)

「初夏の夕方に羽をキラキラと輝かせながら、ミドリシジミがハンノキ林を飛び回る様子は、
埼玉の原風景の象徴といえます」
(さいたま市の「県の蝶ミドリシジミを見る集い2011」案内文より

ちょっと前の話になりますが、今年もまた行ってきました、「ミドリシジミの林づくり」。
戸田市の「戸田ヶ原自然再生事業
」の一環です。

去年の記事。
西風の女神舞う林を (1)

西風の女神舞う林を (2)

場所は荒川沿いの、昔「戸田ヶ原」と呼ばれ、今は「彩湖・道満グリーンパーク」と呼ばれる公園の敷地内。
去年タネを取って育てた苗を、今年はハンノキ林の周囲に植えていく予定。

01  02
小苗はこんな感じ。尊敬です。

自分は残念ながら芽が出ませんでした・・・orz
春先、完全に乾燥させてしまったことがあって、それが原因ではないかと思われます。
ハンノキはそもそも湿地に生息する植物なので、乾燥は厳禁なのであります。

03
今年は助手二人をともなって。まあ遊び半分ですが、何か学んでくれればいいな。

04  05
あらかじめポールを立てたところに植え込んでいきました。
ここが何年か後、ハンノキ並木になる予定。

06
公園入口の駐車場付近の100x20mほどの細長い区画に、かろうじてハンノキ林が残されています。
残念ながら現在、この林にはミドリシジミの生息は確認されておりません。
ただしここから何kmか北のさいたま市内の公園のハンノキ林には、
今も「県の蝶」ミドリシジミの繁殖地となっているそうです。
その林とつなげてミドリシジミの「ハンノキの通り道」を作るのが目標。
なんとも悠長な話ですが、それだけ夢のある話であるとも言えると思います。

07  08
苗を植え終わった後は、去年と同じくハンノキの種取り。
今年は去年に比べてかなりの不作。なんでかな。

09  10
ブルーシートに落とした種を集めます。
小さな松かさの集まったみたいな形状。

11
指で揉むと種が出てきます。

12  13
たくさん集めたのを鉢土に蒔きます。100粒蒔いて5個から10個くらい芽が出ればいいほうだそう。
まあ、園芸種じゃないから、仕方ないですね。
でも、来年こそ。

14
かつてはまったくの普通種だったにちがいないミドリシジミの標本。
光が当たるとキラキラと光ります。

15  16
雄と雌。色が違うのがおもしろいですね。

ではでは、またまた clover

にほんブログ村 環境ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月14日 (水)

心配な青少年宇宙科学館

このあいだうちの子とその友達(ともに小2)と3人で
青少年宇宙科学館
」(さいたま市浦和区)へ行った時の話。

「おじゃる丸プラネタリウム」を見た後(もちろん僕は熟睡)、「公開電子顕微鏡」なる催しへ。
「巨大望遠鏡」とか「電子顕微鏡」とかっていうモダンな言葉にめっぽう弱い僕は、
子どもたちと話を聞きにいくことに。
すでにひと組の家族(お父さんと子ども3人)が陣取っていたけれども、
始まりの時間になっても結局集まったのはわれわれ含めて3家族。

なんか、イヤな予感。
意味もなくワクワクしているのは、もしかしてオレだけなのか?

案の定、というべきか、最新鋭(かどうか分からない)の電子顕微鏡を使っていろんな意外な被写体、
たとえばハエの目とかタンポポのタネとか有名人の髪の毛とか、
当然そんなものを見せてくれるものだという期待はすぐに消え去りました。

若い講師が次から次に見せるのは、鉱物。
しかも、いわゆる宝石の結晶のようなきらきらしいものではなく、安山岩とか斑レイ岩とか、そのテのもの。
「この岩、どこかで見たことあるでしょう? そう、お墓だね」
「ほら、ここに大きな穴があるでしょう。これ、なんだか分かるかな?
溶岩が冷やされる時に中のガスが抜けた証拠だよ」

・・・なるほど。
で、ハエの目はいつ・・・?

そうこうしているうちに子どもたちはそわそわ。集中力もそりゃ途切れようってもんです。
若い講師の必死の呼び止めの眼差しなどまったく意に介することもなく、
残酷にも別の催しへ駆けてゆく子、続出。
おうちから持ってきたミニカーを持ち出し、別の遊びに興じる子どもも。
したがって若い講師は当然ながら、我慢して聞いてる僕ら大人(3人)に向かってしゃべることに。
もし僕がその場を立ち去ってしまえば残された若いお父さんがたがかわいそう。
なんともいたたまれなくって必死に興味あるフリをして座り続けた地獄のような15分間でした。

それにしても。
いくら「科学館」だからって、子どもたち相手に電子顕微鏡まで使って、
「鹿沼土はどうしてこんなに保水力がすごいのか」をレクチャーするっていう企画自体どうなんでしょうか。
園芸好きの僕としては「なるほど、だから水もちがいいのネ」てなもんですが、
「鹿沼土って聞いたことある?」って聞かれたときの子供たちのポカンとした顔が忘れられません。

楽しみにしていた「ロボット・タウン」なる1Fの催しも、
この日は残念ながらデモンストレーション日ではなかったため
ただただ不思議な人形が柵の中でひっそりとたたずむだけ。
「触らないでね」の文字が寒々しい。

だいじょうぶかな、この館。

・・・てなわけで後日、このさいたま市教育委員会・生涯学習部所管なるこの施設、
もしかして事業仕分けの対象とかになってないんなだろうか、と思って調べたら、
案の定「2010年11月、青少年宇宙科学館管理運営事業【要改善】」と出ていました。
ムベなるかな。

ただしプラネタリウムと「不思議広場」には子どもも大喜びでした。
館の名誉のために付け加えておきます
(ただし「不思議広場」は8年くらい前に来たときとほとんど変わらぬ展示。トホホ)。

以上、小ネタでした。
ではでは、またまた clover

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«原発推進論者たちの「理」 (6) - 産経新聞篇