カテゴリー「雑記」の6件の記事

2011年5月19日 (木)

1991年、夏

学生時代の夏、民俗学の研究と称して自転車で敦賀半島へ向かった。

  もうかれこれ20年も前、ということになる。
  大学の史学科というところに在籍していた僕は、
  夏休みのゼミの課題に「産屋(うぶや)」なるものを取り上げようと考えていた。
  当時(今もそうだけれども)日本の神話に関心があり、
  『記紀』や『風土記』などにとりあげられている人々の暮らしの端々の記述が、
  もしかして今現在も残されている土地があるのではないか、という素朴な興味からだった。

  若狭の産小屋習俗

  いにしえより続く風習なり習慣なりの連なりの痕跡を見つけたい。
  細かいことはこのブログの趣旨から外れるので省くけれど、
  簡単に言えば産屋というのは文字どおり、お産のために建てた小屋のこと。
  主に西日本の沿岸地域において行われていたと見られる習俗で、
  産婦は産の忌(ケガレ)の期間、ここで別火生活(家族と食事を別にする)を送った、とされる。

01goo 地域」より


  『古事記』に面白い記述がある。
  海幸・山幸の話で有名なヒコホホデミ(ヤマサチ彦)が海神の娘・トヨタマ姫と結婚し、浜辺に産屋を作ることになった。
  屋根に茅草がわりの鵜の羽を葺き終らないうちにトヨタマ姫が産気づいたため、産屋に入った。
  「他国の者(トヨタマ姫は海の世界の住人)は子を産む時には本来の姿に戻るものです。
   私もそうしようと思うので、絶対に産屋の中をご覧になりませぬように」とヒコホホデミにクギを刺す。
  しかし、彼はその言葉を不審に思ってつい中を覗いてしまう。
  そこには「大きな鮫(ヤヒロワニ)」が、腹をつけて蛇のごとくのたうっていた。
  彼はそれを見て恐ろしくなり、逃げ出してしまう。
  姫は覗かれたことを恥じ、産まれた子をその場に置いて海に帰ってしまう。
  その時お産まれになった御子がウガヤフキアエズである、とざっとこんな話。

  この神話における産屋と禁忌(Taboo)の組み合わせが、
  もしかしたら時代を超えてつい最近までうっかり残っているのではないか。
  調べてみると若狭湾の沿岸周辺に、近頃までそうした風習がわずかに残っていたことが分かって、
  軽い気持ちで出かけることにしたわけです。
  時間は十分あるのに金はないため、自転車で・・・。


出発して9日目、カーブを過ぎ、視界一面に敦賀湾がキラキラと輝いていたのを今でもありありと思い出す。
半島ほぼ先端の白木という集落にしばらく滞在した。大人の男の人が少ないのに気づいた。

大きな地図で見る

  お盆の時期に戸田を出発、国道17号線を北上、大宮、上尾。254号に入り、群馬の下仁田の駅で一泊。
  翌日、群馬・長野の県境まで25kmほどの連続上り坂。山越えだ。
  峠のお茶屋で完全にヘタばり、そこで二時間ほど気絶。お店の人もそっとしておいてくれた。
  その後小諸、上田、長野を経て直江津港へ。その後は一路日本海沿いを西へ。
  糸魚川、富山、金沢、加賀、武生。途中、有名な親不知子不知も通るため大変な思いもした。
  今考えると、なんでこんなルート通ったのかまったく覚えがない。その当時の自分に聞いてみたいくらいだ
  (今同じ場所を目指すとしたらきっと、山梨を通って長野、2000m級の中央アルプス越えに挑戦していたかもしれない)。
  学生稼業の気楽さで、ぶらぶらとあっち寄ったりこっち寄ったり。その間すべて野営。
  大雨あり、チャリの故障あり。ムシ刺されの足を掻きすぎて、バイ菌が入り破傷風になりかけもした。
  そんなこんなで、目的地に着くまで一週間以上も費やしてしまったのであった。


言い知れぬ静けさ。とてもきれいな海なのに、漁師さんが使うような舟も少ない。
「原発で働いてる人が多いから」。
その時はじめて、目と鼻の先に「もんじゅ」なる巨大な施設が存在することを知った。
あのころは、なんにも知らないのんきな学生だった。


02  Wikipediaより

  確か美浜市に、例の産屋のレプリカのようなものが残されており、
  周辺の人々にそれがどんなふうに使われていたか、聞きまわってみた。
  けれども、実際に産屋で生まれたという人はおろか、
  それが何のためにあるのかということに関心のある人にすら出会わなかった。
  かろうじて分かったのは、昭和30年ぐらいを最後に、
  その地方でも産屋で子どもを生む、という風習は完全に絶えてしまったということ。
  白木の旅館のおかみさんも、子どもの頃なんとなくそんな話を聞いたことがある、
  出産を不浄と考えるなんて、女の人に対する差別があったんでしょうね、などとおっしゃっていた。


清潔な砂浜に人影はほとんどなく、集落の若者が3人、
日がな一日ボール投げとか爆竹遊びに興じていたのが今でも鮮明に印象に残っている。

  「高速増殖炉」なる呪文のような言葉さえ、おそらく聞いたことがなかっただろう。
  いや聞いていたとしても、何の関心も抱かなかっただろう、
  美浜町の人々が自分たちの先祖の話にほとんど関心を示さなかったのと同じように。
  「昔は隣の集落にいくのでさえ舟を使っていたのよ。交通は全部舟。
   でも原発ができたおかげで、道が整備されて、車で来られるようになったのよ」

  改めて調べてみると、僕がほんの数日間滞在した1991年は、
  もんじゅが運転試験を開始した、まさにその年に当たっている。
  そしてそのわずか4年後、ナトリウム漏れによる火災事故を起こし、運転を休止。
  このニュースを聞いたとき、ぼんやりとだけれどあの聳え立つ「もんじゅ」の白い姿を思い出したのは間違いない。
  その後2013年の本格運転を目指すものの、相次ぐトラブルや不祥事により長期の運転休止を余儀なくされた。
  特に去年の夏、「炉内中継装置」なるものががつり上げ作業中に落下、
  福島原発と同じようにいまだに収拾の目途は立っていない。
  そして今年。福島の事故を受けた現在、もんじゅの運転再開は完全に宙に浮いたままである。

  大震災のひと月ほど前、事故の復旧を担当していた燃料環境課長が敦賀市の山中で自殺。
  運転停止中の現在も維持費に一日につき5,500万円もの費用がかかると報道されている。
  今でも「もんじゅ」と聞くと、あの白くて巨大な建物よりも、
  すぐそばの不釣合いなまでに静かな、奇妙に清潔なあの砂浜を思い出す。


ちなみに白木は古代朝鮮の一国、「新羅」と関係があるといわれている。 

  産屋はなぜ浜辺に作られたのか。おそらくそれは、浜辺が生と死の境目であると意識されていたからだろう。
  海は、死者が帰る場所。自分たちの遠い先祖たちもまたかつて、海の向こうからやってきたという記憶。
  そして子供は、死者の国からやってくる。


  よく知られているとおりウガヤフキアエズは、ヤマトの国を初めて治められたイワレ彦(神武天皇)の父親である。
  ニニギ、ヒコホホデミ、そしてウガヤフキアエズまでを俗に「日向三代」というように、今の宮崎県を舞台とする神話だ。
  若狭湾といい日向の地といい、ともに思い浮かぶのは白い砂浜だ。
  そして両地ともにその砂浜に産屋を建てて、その中で出産をする。
  その小屋の床に敷かれたのはやはり、海岸の砂であった。その砂を俗にウブスナ(産土)という。

  かつて産屋が建てられていたのと同じ砂浜に、今では原発という新しい産屋が、
  稼動中のものだけで50数機も建てられている。
  そこで生み出されるのは電力という子供であるけれど、
  放射性廃棄物という名の
エナ胞衣=胎児を包む膜や胎盤)をも同時に産み落とす。
  民俗学の世界で知られている習俗として、エナを壷に入れ、
  人が歩く場所の下の土の下に埋める、という事例が多数知られており、
  子供の命への畏敬と祈りをこめたものだと推測されている。

  では、原発から生まれ出るエナはいったい、どれだけの期間、
  しかもどれだけ深くに埋めなければならないかということを知ると、思わず絶句せざるをえない。
  
  
  そして福島ではまさに今現在においても、産土(うぶすな)の汚染を食い止める目途は、
  残念ながら立っていないようなのだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年4月18日 (月)

饒舌の春

あの震災以来、時が止まったように感じられていたここひと月ほど
でもふと気付くと辺りはあふれんばかりの春に彩られていて、かなりとまどう

01  02 

植物や昆虫たちは、地震がこようと、原発が放射能漏れ事故を起こそうと、
いっこうにお構いなく日々の営みを加速させていく

03  04

いつもの年と変わらない饒舌な春がやってきた!

05  06

いっとき不安は脇に置いておいて
いっしょにはしゃごうと誘われているみたい

07

沈黙する春なんていらないよ。

09  10

一日も早い被災者の救済と、被災地の復興を。
そして今なお進行しつつある事故の収束を願いつつ。

08

ではでは、またまた

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 緑の暮らしへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月15日 (火)

お見舞い

まず、東北地方を中心にした大震災・大津波でお亡くなりになられた方々、
あるいはご家族・ご友人を亡くされた多くの方々に、心よりのお悔やみを申し上げます。
ならびに被災されて不自由な生活を強いられている方々に、重ねてお見舞い申し上げたいと思います。

ここ連日の震災のニュースをまんじりともせずにテレビで観ていると、
まるで現実からは程遠いどこか別の国の出来事のように思われてくる。
ガソリンの不足、スーパーやコンビニから品物がなくなる、「計画停電」によって街が暗くなる、
そんなことが現に身近に起こっているのに、なぜなのか、自分でも不思議なほどです。

季節はまさに春。
本来ならばかの地でもいちばん心浮き立つ季節なのに、
まさかこんなことが起こるなんて、未だに信じられない気持ちでいっぱいです。

かの地に本当の春が一刻も早く来ることを祈って。
心ばかりの春を。

01_4

わが家の庭に一輪だけ顔を出したクロッカス。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月24日 (土)

ヤマモモジュース、のつもりが・・・

実家のベランダに植えているヤマモモ (Myrica rubra、ヤマモモ科) の実をもらったので、
子供も飲めるようなジュースを作ってみよう。

01

生のままでも食べられるが、種が大きいし、何より酸っぱい。

02  03

まずは、よく洗う。そして、よく水分をとる。

04

だいたいちょうど1kg程度ですね。

05

氷砂糖を用意。

06

大口のビンに実と砂糖を交互に敷きつめる。
ちなみにビンは煮沸消毒したほうがいい、らしい。

・・・これでとりあえず作業完了。
冷暗所で4、5日保存する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さてさて、忘れたまま一週間すぎてしまった。
この暑い時期、大丈夫なんだろうか

07 08

むむっ、見た目は上手くいってそうだけど・・・。

09

フタを開けて匂いをかいでみ・・・
ウプっっ・・・。

何だこの匂い、というよりニヲい。
かなりいー具合な発酵臭ではないですか。
もしかして、シロップをとおり越して、おサケに・・・ !?

ま、いいか。
どうせ焼酎で割る予定だったんだから。

10

出来上がったシロップをザルで漉す。
ヒマなら、使用済みの実でジャム作りだってできるけど、今回はやらない。

11

ペットボトルに移そう。
うーん・・・、いかにも濃ゆそう。
この段階でくれぐれも一気飲みしないように。噎(ム)せます。

12

焼酎とソーダで割ってみた。
モトが甘すぎる
(砂糖多すぎ !?)ので、カクテルみたいな味に。

里山の恵み、オシャレなヤマモモカクテル。
切り株コースターにて。

もとのシロップはとことん甘いので、ジュースのほか、この時期カキ氷なんかにかけてもいいでしょう。

ではでは、またまた 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 緑の暮らしへブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年6月28日 (月)

ジューンベリーでジャムを

今年は庭のジューンベリーの実がそこそこ採れたので、ガラにもなくジャム作りなぞ。

ジューンベリー(別名アメリカザイフリボク、Amelanchier canadensis、バラ科)。北米原産。
日本に自生するザイフリボク(Amelanchier asiatica)の近縁種。

01

01a_2
4月には白い可憐な花を咲かせる。

02a_2 02b_2 
ジューンベリーの名のとおり、6月になると実が色づきはじめる。

03_2
収穫。 このまま食べても、クセのない甘酸っぱさで、イケる。

ネット経由でジャム作りの方法を仕入れ、いよいよ実践。

参考にさせていただいたHPによると、「用意する実 : 500グラム」などと書かれていて、
おいおい、どんなに摘んでもウチのはせいぜい50グラム程度しか採れないヨ、などとグチりつつ・・・。
そうか、レシピの10分の1でいいから分かりやすくていいや、と開き直り。

04
ナベに実を放り入れ、砂糖を実の半量程度ぶち込み、中火でひと煮立ちさせる。
スプーンやヘラ等で実をすり潰しつつ。

05
わが家のお手伝いしたがり屋さん登場。

06
だんだんいい具合にとろけてきた。

レモン汁適量投入。量はテキトーで。

07
こんな感じに。

もともと両手でいっぱい分ぐらいしか量はなかったので、煮詰めると、たったこれだけ。
さ、さびしい・・・  

しかも、けっこうタネがあるので、口当たりを考えて裏ごしすることに。

08

これでまた、相当量が減る。

09
ハイ、出来上がり。

うーん、大サジスプーン2、3杯分か・・・。
ま、こんなモンですか、ネ。

肝心のお味は・・・。
「むむっ、なかなかイケるじゃん」 

初めてにしては、上出来。

さっそく、炭酸水で割って飲んでみた。

11

ま、こんなもんか・・・。マズくはない。

次に、定番ですがヤマザキナビスコのRITZに塗って・・・。
ビール (いえ、発泡酒です) のおツマミに。

12

沢口靖子ばりに、こんなんどうでしょ。 奥さん特製の梅酒とともに。

13  14
黄色っぽいのは手作りマーマレイド・ジャム、@もらいもの。

15
どれどれ、いただきまーす。
うん、イケるじゃん。 でもちょっと砂糖多すぎたかも。

16  17
ナベに残った搾りカスを使って、奥さんが遊びで作った絞り染め。
なんか、曖昧な模様だなァ・・・。

庭のジューンベリーの実は、全部採ってしまわずに鳥さんたちのために少し残しておいてあげよう。

18

来年は、今年の倍くらいは収穫できるだろうか。楽しみだ。

ではでは、またまた 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月12日 (日)

Introduction

はじめまして。Fu と申します。
ブログはじめようと思います。

公開日記というよりも、個人的な備忘録です。

Fu's eco-Logbook  - 戸田市緑化プロジェクト -

・・・あえてちょっと大袈裟で不遜なタイトルをつけてみました。
eco-Logbook..... EcologyとLogbookを足した造語です。

Logbook -航海日誌- というほど長続きするかは分からないけれど、
少し前から始めてはまってしまった庭造りのことや身近な動植物について、
愛する地元である戸田市やその他の地域の建物や街並みや景観について、
それに時には好きな音楽や本や歴史についてなどなど。

日々の雑感を徒然なるままに綴っていこうかと思います。

次回は自己紹介でも。

ではでは  

| | コメント (0) | トラックバック (0)